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「至福の回遊路」─私の健康三原則:「笑顔で楽しく、歌って歩く」─

 我が国は、世界有数の医療先進国である。それかあらぬか、日本人の平均寿命は、男性80.5歳、女性86.8歳となって、世界に冠たる長寿国になった。これはこれで真に喜ばしい……。が、平均寿命の延びこそよけれ、介護を必要としない「健康寿命」は一向に伸びず、他方で、さしたる病因も分からぬまま、心と体が一体化して機能低下し、その行動に責任能力の無い高齢の認知症患者が増え続け、深刻な問題となっている。認知症者が生まれることによってもたらされる家庭崩壊、引き起こされる交通事故、その他もろもろのトラブル・犯罪、また、認知症者が被介護者となることによって受ける虐待、あるいは殺傷事件……。厚労省によれば、2012年の時点で65歳以上の高齢者7人に1人が認知症で推計462万人、それが年々増え続けて、2025年には高齢者の5人に1人が認知症に罹患し、その数700万人を超えるという。
 かくなる情勢下、ある意味必然なのか、高齢者≒認知症≒社会的危険者、とする憂うべき風潮が世の中に広まりつつある。過日、公共放送のNHK総合テレビでさえ、その人気番組<あさいち>で「いつやめる? 高齢者の運転」のもと、隠されたこの主題を世にアピールしていた。恐ろしや、高齢者をいわば「役立たず者」として社会的に排除しようとする動きは、末は「姥捨て山」へと繋がる思想であり、認知症患者への虐待、殺傷行為もこれを心理的基盤として生まれていよう。スローガンとして唱えられる高齢者福祉とは裏腹に、高齢者を取り巻く心理社会的環境はますます厳しい。かつて、『子どもの世話にならずに死ぬ方法』を書いた俵萠子氏が「幸せな老後などない」と断言したが、まさしく然り。看取る者乏しき老人・介護施設で悲憤・諦観の中で人生終焉を迎える老齢者の如何に多いことか-。
 一時(いつとき)でもよい、人生終盤こそ、せめて健康で幸せの時を過ごしたい。古今東西、誰もが願う切実な思いである。しかし、何事も求めて容易に得られるものではないのがこの世の通理。苦難の人生を歩んできた人ほど、よく弁えている。だからといって、諦めてはなるまい。人それぞれ、それぞれのその人生道の中で、それはひょんなきっかけから与えられることもあるからである。

 どうにも胸痛が治らず、病院で診てもらったのが2010年3月、東日本大震災のちょうど1年前のことである。見事に冠動脈が1本閉塞、心筋梗塞に見舞われていた。カテーテル検査を行った若い医師が、冠動脈にステントを埋めて血流を図らねばやがてもう一本の冠動脈も閉塞して命が危ない、と手術を勧める。それは断って退院したが、その後、薬服用の身になった。かなりの重篤患者だったのか、医師から与えられた薬は何とバイアスピリン、バリエット、アイトロール(朝夕2回)、エースコール、アーチスト(朝夕2回)、リピトール、シグマート(朝夕2回)の1日10錠。しかし、当初こそ胸痛が減じたが、すぐに薬効は失せ、それどころか、その副作用なのか、胸痛はかえって激しくなった。74と言う高齢が、嫌でも死を意識させるようになる。〝このまま死んでたまるか〟。この思いが、ライフワークとしてきた「カラー・ピラミッド・テスト」研究の集大成としての『カラー・ピラミッド・テスト入門』へと一挙に走らせた。
 教員生活を退いてから4年、まだ先があるとばかり、のらりくらりとしていた執筆意欲が猛然と昂ぶる。爾来半年、共同研究者の妻と二人、寝る間も惜しんで談論風発、年明ける頃には草稿を書き上げた。だが、その後が全く想定外だった。それまで私との関わりの中でカラー・ピラミッド・テスト関係の書籍とテスト用具を一手に販売してきた図書文化社に出版依頼をしたところ、まさかの辞退があり、立ち往生した。致し方なく、テスト関係の出版社にいくつか当たったが、どこからも色よい返事は来ない。さもありなん。「ロールシャッハテスト」や「TAT」などと異なり、このテストの利用者は、国内外ともに少なく、営業ベースの採算にはとんと乗らないからである。だからといって、もちろん、出版を諦めるなどできるわけがない。あれこれ思案の末に行き着いたのが、自費出版計画、そして出版元となる出版社の設立。こうして、「書肆彩光」を起ち上げた。
 自費出版と言えば、古くは島崎藤村の「緑陰叢書」が有名である。藤村は叢書第一篇として『破戒』を刊行。これが大成果を得た後、『春』、『家』、『微風』(短編小説集)と次々続刊して、いずれも成功している。当世で言えば、私と同年、太宰治賞作家の秦恒平氏の「湖の本」が知られている。ここで氏は、すでに絶版となった自著を毎年何冊も復刊して、すでに127冊を数え、なお留まることのない状況である。こうした、言わば大物の自費出版とは異なる私の「書肆彩光」がはたして成功するのか否か-。しかしそれは、全くの杞憂に過ぎなかった。
 序(ついで)である。私の「書肆彩光」も『カラー・ピラミッド・テスト入門』の他に、絶版となっている数少ない自著、そして新刊を加えることにした。発行部数は、真の読者を対象に常に限定100とし、2011年5月、まずは『カラー・ピラミッド・テスト入門』と『教師の権威と指導力』(文庫本)を刊行、インターネットのアマゾンを介して販売を始めた。定価は、前者2000円、後者600円。印刷費用に送料とアマゾンの仲介料を足し合わせると、実費用の半分ほどの値段である。しかし、金銭的な採算は、初めから問題外である。要は、私の刊したものを是非にも必要としている人に届けたい-、これに尽きる。この心意気が通じたのか、名も無き出版社とは言え、両書とも、真の専門性を追求する方々に、毎月着実に求められ、出版を続ける意欲が支えられた。同年12月にエッセイ集二冊、『歌は心の帰り船』・『二言・三言・世迷い言』を彩光文庫シリーズとして続刊、そして12年7月『カラー・ピラミッド・テスト入門』第2刷、13年5月『ソーシャルケースワークと権威』(編訳)、14年5月『教師の権威と指導力』第2刷を刊行した。
 恃みとしていた出版社から全霊を傾けて成した書の刊行を断られた時、目の前が真っ暗になり、一瞬、道を失った。けれども、道はあった。しかも「禍転じて福」とばかりに、「健康」という,思いも寄らぬ大きな恵みをも与えてくれる道だった。
 一昨日、久しぶりに、『歌は心の帰り船』に注文が入り、いつものことながら、早速に注文品を「スマートレター」に入れて外に出た。途中、近くのコンビニ前に郵便ポストがあるが、終点はそこからさらに歩いて約20分の郵便局。1日2回の回収しかない郵便ポストに入れるより、郵便局のカウンターで出せば、半日、あるいは1日早く読者に届く。雨が降ろうと、風が吹こうと、はたまた槍が降ろうと、配送手順はいつしか地元郵便局への道行きとなっていた。そして投函した後は、気分のままに、近くを流れる北浅川まで出て川岸を辿り、あるいはまた、川岸沿いの公園内に咲く四季折々の花々を一回り楽しんで帰る。この間、万歩計で約6000~8000歩、往復時間50~60分。このひと時、この一回りが、私にとってまさにかけがえのない心身養生の健康道,名付けて「至福の回遊路」とはなった。
 読者を得た喜びと感謝。躰は和やかにぬくもり、軽やかに、またゆるやかに前に進む。この時、心の中の何者が選ぶのか、胸元には都度に懐かしい歌が浮かんで、時には思い入れよろしくいつか口ずさんでいる。
 *雪の白樺並木 夕日が走る 
   走れトロイカ ほがらかに 鈴の音高く
 *ひびけ若人の歌 高鳴れバイヤン
   走れトロイカ かろやかに 粉雪けって
                  (トロイカ)
 唄えばたちまち、目前の景色がたなびいて、その彼方から懐かしいあの人,かの人、あの出来事が待つ雪の草原地帯が見えてくる。
 歌つれづれに書き紡いだ『歌は心の帰り船』。「リンゴの歌」「啼くな小鳩よ」「炭坑節」「白い花の咲く頃」「雪の降る街を」「かあさんの歌」「トロイカ」「人生劇場」「人生の並木路」「赤いハンカチ」「夜のプラットホーム」「有楽町で逢いましょう」「バラが咲いた」……「月の沙漠」。新しい読者が生まれる度に、この懐かしい歌の数々が浮かび出て、ひたすら真心をもって私の人生を支えてくれた父・母・きょうだい・恩師・友人・初恋の人……、銘じて忘れがたき人たちが蘇り、あたかも昨日の如く、再び三度(みたび)、在りし日のあれこれが胸裡を巡る。歌こそまさに、珠玉の如き愛と誠の玉手箱。これを開ける至福の鍵を授けてくれたのが、誰あろう、今や我が分身の「書肆彩光」であり、その読者の方々なのである。
  〈閑話休題〉
 「至福の回遊路」を巡り始めて程なく、ふっと気がついた。襲われるたびにいつ心筋梗塞の発作が起きるかと我が身を不安と怖れで苛んでいた胸の痛みが、いつしか和らぎ、めったなことでは生じなくなっている。これに纏わるエピソードはすでに別の文章の中で明かしたが(「過ぎたるは及ばざるが如し―教育・しつけ・指導における副作用―」14・10・30)、万一関心のある方はそれを見て頂くとして、いずれにしろ、まるで天から恩寵が下されたかの如く、私はここしばらく、ほとんど薬無用で過ごせるようになっている。
 病を得てからのあれやこれやの推移が、私をして信じさせた。不幸や禍ばかりが続くはずはない。何かが機縁となり転機となって生まれる新しい道が、誰にもきっと来るはずである。顧みれば、40年むかし、職場で苦しむ私を見兼ねて、二人の恩師が「研究者への道」を拓いてくれた(『歌は心の帰り船』・22話「恩寵(船頭小唄)」)。そして人生終盤の此度、様々な読者が礎石となって、幸せと健康をもたらす「至福の回遊路」を与えてくれた。これもまた恩寵と言わずして何と言おうか。今、私は、しみじみとこの幸せを噛みしめ、折角のこの回遊路から、以下の如き、自己流私説「健康3原則」を得た。

  〈私の健康3原則〉
① まずは、歩くこと 2本足動物となった人間の、健康保持の最も基本的な運動である。歩き方、時間や距離にいろいろバリエーションはあろうけれど、要は、次の食事がおいしく摂れるように、なるべく毎日、自在に歩き回ればよい。血行促進、筋力鍛錬等々、難しく考えることはない。身体を鍛える運動・スポーツは別次元の問題である。
② 日々、笑顔でいられること 歩くことが健康の源とは、実は誰もが知っている事柄である。だがしかし、何(なに)某(がし)かでも幸・楽の気分が基(もとい)になければ、外に出て歩こうという気持ちには中々なれないのが人情、そのためにこそ、日々を楽しめる何かを持たねばならない。心やさしい伴侶や子ども・孫たちと一緒に居れば、それ以上望むものとてない贅沢であるが、せめて老後には、思い入れて一心同体となるほどの趣味の世界を持つことが肝要である。何のために、といった目的意識など無用、ひたすら楽しみを味わうために、継続的に楽しめる目標を身近に置く。動物飼育であれ、楽器演奏であれ、囲碁・将棋のゲームであれ、対象が何であろうと、それと愛しくふれ合うならば、相手は必ず、笑顔の日々を手向けてくれる。因みに私の笑顔の元は、「書肆彩光」の他にも、庭で楽しむ果樹栽培と文芸同人誌『琅』の編集・発行がある。果樹栽培では、ラ・フランスの樹に長十郎ほか4種の梨、王林ほか3種のリンゴを接いで、名付けて「梨(り)りん」が自慢である。
③ 歌を聴くこと、口ずさむこと 恐らく、歌ほど簡明・率直に心の琴線に響くものはない。民謡、童謡、歌謡曲、歌曲、宗教歌等々、人はそれぞれ、長い人生の中で様々な歌に魅せられ、感動してきた。思い出の歌ならどれでもよい。折にふれて引き寄せ、聴いて、歌って、弾いてみればたちまち分かる。歌に結びつくあの人、かの人、あの出来事が蘇り、往時そのまま、喜怒哀楽の情が立ちのぼる。私にとっては、巡り来るこの情感世界への回帰が人間(性)への関心、人とのふれ合い、情意の交わりに向かわせる源となる。昨今、各所で「音楽療法」なる心理的療法が唱えられるが、原理はなべてここにあろう。否、なくてはならぬ。もちろん、これもまた「幸・楽」の基あってこそ生まれる道筋である。

 「至福の回遊路」から得た「笑顔で楽しく、歌って歩く」我が健康法。蛇足だが、健康を第一と考えるならば、美食や過食、飲酒・喫煙などをほどほどに抑えることは、元より当然のこと。「姥捨て山」行きは、今少し後のことになるのではなかろうか-、ふと思う、昨今である。

 死に臨む親の介護に尽くしてきた幾人もの友人が、かつて本音を述懐した。「もう見ていられない、やっていられない、いっそ死んでくれたら…と何度思ったことか」。親の病苦を見るつらさ、介護のつらさ、その葛藤の末に絞り出される声である。
  「生・老・病・死」は天の定め。老いて、病んで、死にゆく道は、誰にも分け隔てなくやってくる。いつか来る道、いつか行く道である。この道から抜け出す方策が、一体、どこにあるのだろう。「姥捨て山」よろしく、どこぞの施設へ自ら望み、あるいは泣く泣く送り出す向きがあったとしても、だれが責めることができようか。
 しかし、「姥捨て山」に捨てられる姥は、その悲嘆の最中でも、自分を捨てる領主や子どもに様々な知恵を授け、終には国を救い、子どもを痛苦から助けたという。思うに、病苦のつらさ、介護の辛さから抜け出す道は、老後を可能な限り健康に過ごし、その分だけ介護を授受する期間を短くして、己(おのれ)を、また介護者を楽にする以外にはない。
 多くの老齢者が、独立独歩、人の世話をなるべく受けぬよう、老後の暮らし方を独自考案しては実行している。もしその中に、本人およびその次世代の苦労を軽減させるに役立つエッセンスがあるならば、それこそまさに、「姥捨て山」民話に叶う現代版訓話ではなかろうか。本稿「健康3原則」が、そのせめてもの例話の一つになり得るなら、大いなる「幸・楽」である。-妄言多謝。

〈追記〉
① 前回ブログにあるように、昨年11月、国際日本文化研究センター(日文研)において、日文研初代所長・梅原猛氏の記念講演(「戦後70年を迎えて」―現在、未来へのメッセージ)を聴いた。氏はその折、「同世代の多くが認知症に陥るなか、齢90になっても己は健康、さらに10年生きて100歳に達した際には、再度記念講演に呼んでもらいたいもの」と述べてますます壮ん、旬日で傘寿を迎えようとしていた筆者にとっては,とりわけ感動的だった。10年後、是非とも、京都・日文研での再会を得たいものである。
② 本稿を終えるに当たって、お目にかかったことはないが、五・七・五の俳句形式でなければ到底表すことのできない、逝く人送る人の鮮烈な交情の世界を描いた、市井の女流俳人・溜谷哲子氏の句を二つ挙げたくなった。
    おぼろ夜の介護の夫(つま)の便を褒め
    もういゝと残し逝きけり花菜漬
  介護福祉に携わるすべての方々に捧げたい。

 世の中のためによかれと思いつつ書いています。共感くださったときには、拍手を下されば、有難く存じます。
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プロフィール

宗内 敦(カラーピラミッド)

Author:宗内 敦(カラーピラミッド)
教育・文芸同人誌『琅』発行人
「書肆彩光」代表者
日本教育心理学会会員
日本ペンクラブ会員
”下記の著、拍手・コメントを頂戴した方に贈呈いたしたく。ご希望あれば、ご連絡下さい。”
 ☆『二言、三言、世迷い言』(書肆彩光 1012)
 

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