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真、善、美への還流

長く黒い霧に囲まれ続けながら、政界のドンたり続けている小沢一郎氏に対する「検察審査会」による政治資金問題についての強制起訴事件の東京地裁判決が出た。その“無罪”判決が、消費税問題を背景にした復党問題と絡んで大騒ぎ。結果が白だから復党よし、まだ最終審ではないから駄目、云々。と、与野党合わせて姦しい。今さらながらの、この醜い政争劇…。それにしても、一体、裁判結果なるものがどんな意味があるというのだろう。
 
 醜いものも多いが、美しいものもまた、この世の中にはたくさんある。とりわけ無垢なる子どもの世界には満ちあふれている。
 過日、散歩の帰り道、いつもの公園を通り抜けようとしたとき、母親に付き添われてブランコを漕いでいた3,4歳の男の児が、空中一番高いところから、大きな声で「こんにちわ」と言いながら手を振って来た。心楽しく、こちらもまた大きな声で「こんにちわ」と応じた。すると幼児が、またまた大きな声で、言うのである。私に向けて、「カウボーイみたい!」。“格好いい”と感嘆の声を上げ、脇の母親もまたうなずいている。短足胴長にして小太りの私はおよそスマートとはほど遠い体型であるが、編み目の入った中折れのフェルト帽をかぶり、縦縞のスポーツシャツとストライブの粋なズボンをつり革でつった当日のスタイルは、出がけに、近所の老婦人から、「格好いい」と世辞を言われて、ずっと胸を張って歩いていたものではあったが…。それにしても、純なるおさな児の、このなんたる正直な心の発露。この子が、いやいや、子どもというものが、どんなに邪念のない善なる心性を持っているものか、つくづく嬉しくなって、私は思わず、右手をピストルの構えに変え、「バン、バン」と空砲を撃って、手を打ち振る母子との別れの合図とはしたものである。
 一昨日、中央線東京行き特別快速電車の中で、うつらうつらとするうちに、前に立っていた人が下車して前が明るみ、ふっと意識が戻った。と、対面する側の席に、中学生とおぼしき少女が慎ましやかに座って、母親だろうか姉だろうか、隣に座るご婦人と時折会話を交わす姿が目に入った。見るともなしに見やるうち、なんということ、私はたちまち、その少女に魅入られた。身なり質素なズボン姿、少女はシートにもたせた背筋をまっすぐ伸ばし、おなかのあたりに両手を重ね、きちんと合わせた両足の上に視線を落として、ほとんど微動だにしない。動きを見せるのは、隣と話を合わせるときだけ、顔をすこし相手の方に傾げて、緩やかに静から動への揺らめきを見せるだけである。そして、身体全体に緊張感などどこにもない。この自然体、腰掛け座像のなんと美しいこと。それは、教えられた、あるいは型にはめられた所作ではなく、すくすく育った人性がそのまま具現化した、まさしく自然に培われた気品とでも言うべきか。どんなに美しい写真や動画の中のモデルたちも、到底及ぶところでは全くない。やがて少女は下車していったが、伸びやかな背筋で緩やかに歩む姿もまた、格別だった。まだ少女とは言え、得も言われぬ女人像を見て、余韻の中で、その一日、心和やかだった。
 まさしく、美しいものは無垢なる子どもの世界には満ちあふれている。我が身も含め、これがどうして汚れた道筋をたどるようになっていくのだろうか。

一年有余、愛読してきた「日経」朝刊連載小説「長谷川等伯」(作・安部龍太郎、画・西のぼる)が終わった。戦国時代末期、苦闘の末、狩野派との血みどろの戦いを経て、人間的にも成長しながら、新しい画流・長谷川派を確立した長谷川等伯の物語である。作者はその中で、これまた苦難の末に戦国武将との様々な確執を乗り越えて生き抜いた、権謀術策の公家・龍山公(近衛正久)を登場させ、苦悩する等伯を諭して曰く、「ええか、信春、俺ら政(まつりごと)にたずさわる者(もん)は、信念のために嘘をつく。時には人をだまし、陥れ、裏切ることもある。だが、それでええと思とる訳やない。そやし常しえの真、善、美を乞い求め、心の底から打ち震わしてくれるのを待っとるんや」と語らせている。けだし、名言である。作者は龍山公の口を借りて、迷える等伯の人と画業にそれ(真善美)を求める説教としながら、この小説の主題を語り、また、現下の世情や政情に大きな戒めを発しているのではなかろうか。

 「信念に基づく」という格好のよい言葉がある。が、その底にはたくさんの悪をも含め潜ませており、およそ人の行動基準とはなり得ないものである。裁判における判断もまた、しかり。それは所詮、様々な力や条件の力学的な妥協の結果に過ぎないからである。私たちが基づくものは、そのような悪しき物事との関わりを持たぬ純粋無垢なるものから発する真善美の世界でなくてはならぬ。誰もがみな無垢なるときに持っていた「真善美」の源流を汚さぬよう、あるいはまたそこに還流すべく、よくよく見れば様々なところに存在する真善美の世界に触発されながら、悔いなく毎日を生きたいものである。 

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宗内 敦(カラーピラミッド)

Author:宗内 敦(カラーピラミッド)
教育・文芸同人誌『琅』発行人
「書肆彩光」代表者
日本教育心理学会会員
日本ペンクラブ会員
”下記の著、拍手・コメントを頂戴した方に贈呈いたしたく。ご希望あれば、ご連絡下さい。”
 ☆『二言、三言、世迷い言』(書肆彩光 1012)
 

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