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代々木・HNKホール, 電車の中で(若者の謙譲心)―拝啓、ワンウエイ・みずほ銀行殿(2)

代々木・HNKホール
 月に一度、代々木のHNKホールにN響オーケストラを聴きに行く。その休憩時間に、妻はワインを1グラス、私は冷水のボトルを1本求めてのどを潤すのが常なのだが、ある時あまりの乾きに、売店の売り子嬢に、思わず言ってしまった。
「ボトルがもっと冷えているといいんですが」。
 私の後にはまだたくさんのお客が並んでいた。「これしかないんです」と逃れてもいいところなのに,彼女はすかさず「あ、そうですよね。冷蔵庫のものに取り替えます」と言って、いったん渡してくれたボトルをカウンター上の冷却ボックスに戻して瞬時に後に走り、一段と冷えたボトルを持ってきてくれた。

電車の中で(若者の謙譲心)
 つい先頃まで、電車に乗るのが怖かった。何故って,座るところがなくてつり革にぶら下がると、たちまち、若い男性、時には妙齢の若い女性からも席を譲られてしまうからである。申し訳なくて、照れくさくて、だから、若い人たちにはなるべく離れるようにして、入り口付近などにも、よく体を委ねたりしていた。
 それにしても、不思議である、つい何年か前までは、こちらがどんなに疲弊していても、優先席に座している若者達から席など譲ってもらった記憶はさらさら無く、「今時の若者ってやつは」と憤慨していたものであった。それがいつの間にか、こちらが気を遣うほど様変わりしている。何故だろう? 思えばしかし、理由は実に簡単だった。それは、私がいたわってやらねばならないと感じさせるほどの、いつわりのない老齢者になったからである。
 自分で言うのもおこがましいが、私には長い間、実年齢よりもずっと若く見させる〝若さ〟があった。それが3年前、心臓の病が顕在化し、以後、急速に心身が衰え、今や頭も白くて薄く、そしてやつれさえ目立ち、すっかり年並みの高齢者になった。偽りのない、己の姿である。
 過日、某新聞のコラム欄で、ある新聞記者が、例によって例の如く、「昨今の若者は…」と嘆いていた。が、よくよく思えば、それは明らかに間違いである。今も昔も、若者達は、高齢者の実態に合わせ、見事にそれに対応している。妙な謙譲は無礼に当たるとして元気な老人には特に区別せず、だが疲れた老人にはいたわりの心を持った謙譲の精神で接しているのだ。
 まだ席を譲ってもらわなくても済むやに判断される老人は、心して喜び、席を譲られる老人は、改めて若者の謙譲心に感謝し、それに身を委せればよい。思い返してからの昨今の私は、臆することなく若者たちからの好意を受け、また、そうした好意が見られないときには、壮健に見られているのだなぁ、とそれはそれなりの元気をもらうのである。
 若者達から、席を譲られるたび、身も心も癒やされる。新宿まで出かけた昨日が1回、今日は電車に乗る前のバスで1回、席を譲られた。譲られるたび、若者万歳! 未来の日本をよろしく、と心で叫ぶ。幸せな感情がふつふつと湧き上がり、日本の将来を確信する時である。(つづく)
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プロフィール

宗内 敦(カラーピラミッド)

Author:宗内 敦(カラーピラミッド)
教育・文芸同人誌『琅』発行人
「書肆彩光」代表者
日本教育心理学会会員
日本ペンクラブ会員
”下記の著、拍手・コメントを頂戴した方に贈呈いたしたく。ご希望あれば、ご連絡下さい。”
 ☆『二言、三言、世迷い言』(書肆彩光 1012)
 

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