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人か、組織か。―〈拝啓、みずほ銀行殿(6)〉、〈拝啓、フランスベットホールディングス殿〉、そして〈拝啓、レナウン様〉―

 過日、静岡地裁が袴田事件における警察の恐るべき冤罪作りを疑い、死刑囚の袴田巖氏を釈放した。つい先年にも、足利事件が警察の冤罪作りであったことが判明して、同じく死刑囚とされていた足利利和氏が釈放されて大騒ぎしたばかりである。むかし家裁調査官をしていた頃、警察の取り調べを受けた少年達から、幾度も聞かされた。「取り調べを受けてみれば、誰にもすぐ分かるよ。警察が権力を笠に着た〝公的ヤクザ〟だということが」。
 警察という組織が人を作るのか、人が警察を作るのか。いずれにしろ、人を罪人として仕立て上げてその一生を葬り、なお平然とする恐るべき存在。それに慄然としながら、世人は自分たちがそうした人や存在を作り上げてきた一因を担ってきたことには気づいていない。見回せば、世の中には、明らかな犯罪行為にまでは至らなくても、人を傷つけ欺き、あるいは権利を侵害して、平然と人々に害を与える人と組織がごろごろと転がっている。そういう〝小事〟が、実は、人や組織をして悪への罪意識を奪い、また世の中全般に悪への免役性を育て、大事・大悪を生み出す社会的な基(もとい)となる。小事・小悪が蔓延するところには大悪が芽生え、それが正しく指弾されるところには大悪はけっして生じない。被害者を自死にまで追い込む「いじめ」社会を見ればよく分かる。「二言、三言、世迷い言」と称して、私が好んで、それら小事・小悪を取り上げ、糾弾を続けている所以である。
 勿論、小事・小悪の向こう側には、小事・小善をもって世の中を暖かく支える人たちもたくさんいる。その人たちから受けた人情や厚情こそ、まさにかけがえのない癒やし薬であり、悪意や悪事に向けて気持ちが高ぶるとき、それは潮を返すように甦り、世の中を信頼し、明日を信じる気持ちを取り戻させてくれる。そのときまた、善を称え、悪を糾弾する心構えが、再び、立ち上るのである。
 
 ① 「拝啓、ワンウエイ・みずほ銀行殿(6)」
 さて、旅行から帰って数ヶ月後、みずほ銀行の暴力団融資事件が世間を騒がせ始めた。その問題がよい潮となり、鬱憤やる方のなかったこの銀行とのやりとりを書いて本ブログ欄にアップした(「拝啓、みずほ銀行殿」)。次いで取引停止について、まずは投資額の大きい投資信託の解約から始めることにして、その解約依頼を八王子支店に電話連絡したところ、なんということ、此度はすぐに応じて、自宅まで手続きにやってくるという。が、翌日やってきた担当者(S)が差し出した解約申請書なる書類を見て驚いた。他の証券会社に移管すると伝えておいたのに、なんと売却申請の書類なのである。それを正すと、これまたなんと、当社の規定は他社への移管は認めていない、売却する以外には解約できない、と宣い、それはいかにもおかしい規約だと何度申し立てても、それは出来ないの一点張り。年寄り相手と見くびって言いくるめようとする様がありありと分かる態度である。あきれ果てて、「もう、よい。しかるべき所に通告する」と言って、その行員を家から叩き出した。翌日、問題解決を相談する役所関係はどこかと思案していると、その行員から電話が入った。「昨日は、失礼しました。調べてみたら、他社への移管が出来ることが分かりました。早速手続きに伺います」。
 こうして、一件落着とはなった。が、この銀行のこれまでの対応、なんとも不愉快、また何とも解せない。そこで、この銀行のインターネット上の「お問い合わせ ご意見・苦情」サイトにこれまでのいきさつを簡略化して報告し、「より詳しくはネット上の〈「拝啓、ワンウエイ・みずほ銀行殿」〉をご覧頂き、御社のご意見を伺いたい」と添えてみた。数日後、その本社からではなく、例の八王子支店のS氏から電話が入った。「何か、本社の方にお問い合わせをされたようですが、どういうご用件でしょうか?……」
 そのけろりとした言い様には、咄嗟に返す言葉もない。その後、いくつか質してみると、おおよそ「本社からは具体的な話は何もない、ただ、お客様がなにか問い合わせたいことがあるようだった、ということなので電話を差し上げたまで」とのことだった。ここに至って、これが、みずほ銀行の体質か、とすっかり嫌気が差した。折も折、『琅』25号に掲載した「拝啓、みずほ銀行殿」を読んだ友人の一人から「最近暴力団への融資が暴露されていますが、そういう会社なのですね。論より証拠なのですね」と感想が寄せられた。数日後、私は実はささやかながらこの銀行の株主の一人でありながら、預金通帳の解約はもちろん、隣家の主が勤務していて長年取引のあったみずほ銀行の子会社「みずほ証券」との取引もすべて打ち切った。
② 「拝啓、フランスベットホールディングス殿」
 株主と言えば、私はいくつもの会社の株式を所有し、株主経験は40年をも越える。そして、悪女の深情けにも似て、一旦株主になると余程のことがない限り、その株式を手放さない。そのため、長い間には、例えば「興人」、「三光汽船」、「日本航空」といった倒産会社の株券を、亡骸を納めるかの如く、銀行の小さな貸金庫の中にしまい込む仕儀に至ることもある。私には、惚れ込んだ会社と資本主義社会における運命を共有することを好む妙な趣味があるらしい。しかし、こうして長くいとおしんできた会社の一つではあっても、こと「フランスベットホールディングス」については、近々、みずほ銀行と同じく縁を切ることになるだろう。なに故に? まずは私が以前に書いた一文をご覧あれ。
 「毎年、年賀状の誤配がいくつかあったが、今年のそれは目に余った。わが家へ投函された他家宛年賀状が数枚、他家に誤配されたわが家の年賀状が、分かっただけでも七通、あった。わが家に誤配されてきた年賀状はそのまま郵便ポストへ入れたが、他家へ誤配されたわが家のそれは、近所の二軒のお宅がわざわざ届けてくれたから、判明したのだ。もし届けてくれなかったら、放棄されてしまっていたら、と思うだけでもぞっとする。……」(『二言、三言、世迷い言』第6話:郵政事業構造改革?『十三分の一』武蔵野書房 所収
 葉書や封書などの郵便物が相手に届いていなかったという現象、決して珍しい話ではない。紛失原因の第一位はおそらく郵便局に起因する事故であろうが、受け取り先が受理した記録や記憶のないままそれを紛失してしまう事故やその他多様な原因が考えられ、書留便でもない限り、一旦〝紛失事故〟が起きたら、その郵便物を見いだすことはもちろん、紛失原因を突き止めることなど、至難の業である。この場合、郵便物の投函者は、何の損害賠償も受けることなく、それどころか、郵便物を投函していなかったのではないかといった理不尽極まる非難を、相手方や郵便局から暗黙裡に浴びせられることさえある。
〈閑話休題〉
 〝優待物〟で引きつけ、株主の獲得や安定化を図る「株主優待」という制度がある。「フランスベットホールディングス」にもそれがあり、私は毎年、いくつかの選択肢の中から選んで優待物をもらっていた。ところが今回、ずいぶん時が経っても物が来ない。思い立って担当係へ電話したところ、申し込みがなかったから、送ってないとの回答。そこで「何かの事故で申込書が届かなかったのかもしれないが、当方は株主としての〝権利〟があるから送って欲しい」とやんわり要求したが、その女性係は「申込書が届いていない限りそんなこと絶対に出来ない」の一点張りで、ついには「申込書が届かなかったなんて事故はかつて一度も無かった。優待品は送れない」と威丈高になって断言する。仕方ないので、試みに回答者を代わってもらったところ、室長なる男性が出てきた。が、これがまたさらに強情で、「本当に投函したかどうか、郵便局に調べてもらって申込書を探させる。その結果で回答する」と宣うのである。
 馬鹿馬鹿しくなって、そこで電話は打ち切った。昨今は、電話の録音は当たり前のように行われ、今回は当方もその例に漏れなかったが、聞き直してみて、何と何と…。今時、株主に対してこんな対応をするところがあるのだろうかと、呆れるほかはない。
 それが先日、忘れた頃に、この会社の総務室・広報係(梅本)から、郵便局(八王子西郵便局)からの郵便物未発見なる調査報告書を添えて、回答があった。
 「拝啓、平素は格別のお引き立てを賜り誠にありがとうございます。2月下旬に株主優待券を送付したが優待品が届かないとのご連絡を頂きました。お調べいたしましたが、宗内様の株主優待券は未着でございました。この事から、郵便局に調査を依頼したところ、その結果が届きましたので、別紙の通りご報告申し上げます。
 このたびは宗内様のご意向に沿うことができず、誠に申し訳ございません。今後ともご支援賜れば幸いに存じます。どうぞ宜しくお願い申し上げます。」
 〝あなたが申込書を投函した証拠はない。だから、優待品は送れない。でも今後とも宜しく〟と、人を食った趣旨明快なご回答。もうよい、もうよい。再び三度呆れるばかり。株主に対してさえかような態度・姿勢を持つ会社に、内実を知らなかったとは言え、福祉社会の福祉ベット作りに貢献することもあろうかと期待して長くつきあってきたのがいかにも無念。ない物ねだりをしても無理な企業とは、これですっぱり縁切りとしよう。
 あぁ、そうそう。ここで、思い出した。同じようなやりとりが、かつて一度だけ、アパレルメーカーの「レナウン」に関してもあったが、今となれば、それはなおさら懐かしい貴重な思い出である。
③ 「拝啓、レナウン様」
 アパレルの名門「レナウン」の株主になってから、30有余年。しかし、株主になった直後から業績が落ちる一方、たちまち無配会社となり、今でもずっとそのままだ。しかし、株主優待として、傘下のアクアスキュータムの高級靴下が3足送られてきて、妻と娘の分も合わせると合計9足。毎年、友人・教え子たちにいくつかお裾分けして大変喜ばれた。その靴下がある年、妻の分だけやってこない。そこで私が妻に代わって優待係に電話したところ、美しい透き通った若い女性の声がよどみなく返ってきた。「申し訳ありません。こちらの発送業務に遺漏があったか、配送途中に事故があったか、どちらかだと思います。早速にお送り申し上げますので、よろしくお願い申し上げます」。
 レナウンの業績の低下は著しく、やがて、株主優待もなくなった。そして株価も徐々に徐々に下げ続け、今では何と投資額の百分の一。紙切れ同然である。けれでもなお、私は、あの優待係嬢の応対に心奪われたまま会社と繋がり、いつかレナウンのアパレル名門復活を夢見て、株を持ち続けている。滅多なことでは思い出さないが、この程、あの時の電話のやりとりを久方ぶりに思い起こすきっかけを与えてくれた「フランスベット」さん、ありがとう。人間の温かみが行き交った体験は、誰にとっても、つらい人生を生きゆくための心の源。あの人が今、よい伴侶を得て、よい子に恵まれ、万一朗らかなお孫さんにでも囲まれていはしないかと、ふと祈りたくなった。

「たった一人の行為が信頼のすべてを崩壊させることもあります。自らの行為の影響や責任の重さが昨日までと違うことをしっかりと自覚して頂きたい」(日経新聞14・4・4)。
 これは、ある会社のトップが入社式で行った訓示の一節である。それがなんと、誰あろう、傲岸・無責任とも思える権力的な言動をもって各所で物議を醸してきた、かのNHK会長・籾井勝人氏のものだというから驚きである。万一ブラックユーモアか、あるいは自戒の末の心境かとも思ったが、その真意の程は到底推し量れない。しかし、けだし至言。その内容・大小を問わず、およそ職責を有する組織人のすべてに贈りたい言辞ではあった。
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宗内 敦(カラーピラミッド)

Author:宗内 敦(カラーピラミッド)
教育・文芸同人誌『琅』発行人
「書肆彩光」代表者
日本教育心理学会会員
日本ペンクラブ会員
”下記の著、拍手・コメントを頂戴した方に贈呈いたしたく。ご希望あれば、ご連絡下さい。”
 ☆『二言、三言、世迷い言』(書肆彩光 1012)
 

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