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「教師はすべからく〝権威〟を持て」、生徒の危機を救えるのは教師だけ -川崎市男子生徒殺害事件に因んで-

「教師はすべからく〝権威〟を持て」、生徒の危機を救えるのは教師だけ
  -川崎市男子生徒殺害事件に因んで-

「教師はすべからく〝権威〟を持つべし」。教育臨床心理学者として信じてやまない私の持論である。それ故にこそ、敢えて、『指導力の豊かな先生』(図書文化 1988)と『先生、出番です』(雇用問題研究会2007)を合わせて一本の、教師権威の理論と実践の書『教師の権威と指導力』を出版した(書肆彩光 2012)。思いは一筋、教師の専門性を高め、教育職を真の専門職たらんとするためである。しかしながら、教育職の専門職への道は遠い。その専門性が云々される出来事がまたしても生じた。

 川崎市川崎区の多摩川河川敷に、深夜未明(2/20)、中学1年の男子生徒が刺殺されたまま放置されるという無残な事件が発生した。犯人として17、18歳の少年3人が逮捕されたが、被害者は加害者らのグループと交遊するようになって不登校状態(不登校)に陥り、いつか、腫れ上がるほどに顔面を打たれるなど、主犯格の少年から暴力的支配を受けるようになり、揚げ句に事件当日、無理矢理冷たい川で泳がされた後、カッターナイフで嬲るように刺殺されたというものである。
 事件は、家庭事情、地域社会状況、交友関係など、子どもを取り巻く環境が多様化するなかで、それらが複雑に錯綜して生じた。事件被害者が学校不適応に陥ってから事件に至るまでの経緯が明らかになるにつれ、衝撃を受けた川崎市当局は、「教育現場だけの問題対応では難しい」として庁内対策会議を設置し、市教委が出した解明結果を踏まえ、子どもや福祉の担当部署と連携し再発防止策を検討することになった。これを受けて、文科省もまた、特別チームを立ち上げ、学校や教育委員会の対応を検証するとともに、同じようなトラブルに巻き込まれている子どもがいないか緊急の全国調査を行うという。
 この間の事情は〝中学生殺害事件受け児童生徒対応など指針作成へ〟と題した、NHKニュース(3月5日)に詳しい。
 「川崎市で中学1年の男子生徒が殺害された事件を受けて、文部科学省の特別チームが、子どもたちの命に関わる危険性を見落とさないよう、指針をまとめることになりました。
 文部科学省の特別チームは昨日、2回目の会議を開きました。
 今回の事件で殺害された男子生徒は今年に入って全く学校に通っていませんでしたが、学校や教育委員会は男子生徒の状況を十分に把握できていなかったとみられています。
このため昨日の会議では、子どもたちの命に関わる危険性を見落とさないよう、対応のあり方をまとめた指針を作ることを決めました。指針では、不登校や学校を休みがちな児童生徒のなかにトラブルを抱えているケースがないか、いち早くつかむための方法や、警察や児童相談所との連携のあり方などを示すということです。
 現在、川崎市教育委員会が検証委員会を設けて当時の対応を検証していて、今月中に中間の取りまとめを予定していることから、特別チームではその結果を踏まえて指針を作成し、全国の学校や教育委員会に周知することにしています。」
 各地の教育委員会では、早速にも、欠席が続いている児童生徒の状況把握をするよう動き出し、川崎市教育委員会では早々と子どもや保護者らの緊急相談を電話で受け付ける「ダイヤルSOS」を設置したという。こうした事件の受け止め方、また対策の進め方、まさに正道である。だがしかし、遺憾ながら、こうした流れの中で行われる向後の対策が、同種事件の再発を防止していくようには思われない。なぜなら此度の対策の有り様が、事件内容に違いがあるにせよ、近年に生じ、世間と教育界を震撼させた二つの事件、即ち、①いじめが原因の「大津市中2自殺事件」(11/10/11)、②教師の体罰が原因の「桜宮高2自殺事件」(12/12/23)の場合と内容的にほとんど変わらず、それらの事後状況を見れば、前者の轍を踏むのは瞭然なのである。
 ①の事件の折には、事件が誘因となって、その翌年、国会で「いじめ防止対策推進法」なるものが成立し、②の事件の後には、文科省によって各地教育委員会等に当てた「体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について(通知)」が出され、それらに基づきながら、その後の学校・教育界は、関連機関の協力を求めつつ、挙げていじめ防止と体罰教師の撲滅を目指した(はずである)。にも拘わらず、学校内いじめは一向に減少せず、また、体罰教師についても同様、事件後の12年度および13年度では、懲戒免職や訓戒などの処分を受けた教師数は11年度の426名から2253、3953名へと大きく上昇し、過去最高を更新し続けている。(文科省公立校調査 15/1/30)。
 正しい方向性をもった対策を立てながら、なに故に、こうした結果に至っているのか。一見,難しい問題に見えるが、私の我田引水的な偏見と独断に基づけば、これは以下の2つの要因をもって簡単に説明できる。
① 対策は理念先行の具体性なき総論に終わっている。
 警察や児童相談所との連携もよし、電話相談もよし。しかし、何をどのように連携し、相談し、また、連携し相談した後の実際的指導はどうするのか。現下の各組織体制の下、ケースの処理に役立つ具体的な方策や手段がないまま行われるのでは、連携も相談も、現実に深刻な事態の子どもを救い出すことはできない。経験豊富な関係者なら、すぐにも理解できるはずである。
② 教育・指導の中心たるべき、肝心要の学校教師の資質向上に向けての施策がない。
 児相職員もよし、警察職員もよし、またカウンセラーもよいが、児童・生徒の適応指導については、学習指導同様、日常的に指導関係を有している学校教師が最も重要なキーマンである。この教師の資質・専門性の向上こそ最重要課題であることが明白でありながら、教師の人物・識見・技能を高めるための施策がほとんど見られず、まして、教師の資質全般を象徴するやもしれぬ体罰教師数が増加の一途となれば、もはや、何をか言わんやではなかろうか。
さてさて、独断と偏見の結論を言えば、此度の文科省および各教育委員会の対策の有り様はまさしく前車の轍を踏むもので、同種事件の再発防止はもちろん、生徒たちの全般的な不適応行動の防止に貢献しうるとはとても思えない。これらの防止には、まずは、教師集団全般の資質向上こそ必要不可欠、さらに言うなら、子どもたちによって信頼され、通常では「従いていきたい」、苦難の折には「助けてもらいたい」という思いを呼び起こす教師を育成することである。そして、こうした信頼や思念や関係性を導き出す源、それが即ち、「教師の権威」であり、これの向上を目指す以外に子どもたちを救う道はないのである。
 私は、たくさんの小・中・高の児童・生徒を対象に「先生の言うことに従うのはなぜですか」と問う形式の教師の権威に関する質問紙調査を行い、その因子分析結果に基づき、教師の権威を次の四本柱にまとめた。
 ① 教師の学識・技能に基づく「専門性権威」 
 ② 教師の人格と人間性に基づく「人格的権威」
 ③ 教師と生徒の人間関係から生じる「関係性権威」 
 ④ 教師の統制力から生じる「統制的権威」
 初めの二つの権威(専門性・人格性)は、教師が生徒との指導関係を離れても基本的に持っていなければならない一次的権威、あとの二つ(関係性・統制性)は、教師と児童生徒が具体的な関係を持つ中で派生してくる二次的権威である。権威という言葉を用いると、ややもするといわゆる「権力」と誤解され、未熟な教師は「毅然たる教師」を目指してやたら権力的に体罰(暴力)を振るいたがるが、権威と権力は厳然と異なるものであり、むしろ相反する概念である。これについては、いくつかの良書を措いて、私の書から引いてみよう。
 「たしかに、権威(authority)と権力(power)は、どちらも〝他者を従わせる力〟であり、似た言葉です。しかし、権威と権力は、互いに関連してはいるものの、明らかに異なる概念です。何故なら、地位や役割、警察力や軍事力などの外的・物理的な力に頼って強制的に従わせるのが「権力」であり、学識や人格、道徳や伝統などの内的・精神的な力に基づいて自発的に従わせるのが「権威」であって、すなわち、従わせる側と従う側との関係が、権力が外的・強制的であるのに対して、権威は内的・自発的、つまり権力と権威は、従わせる側の力の性質と従う側の心理的状況がまったく相反する異質の〝力〟なのです。となれば、教師の権威と教師の権力もまた、全く相反するものであることが理解されると思います。」(『教師の権威と指導力』2012)
 教師としての権威を認められている教師は、それが部分的な要素の一つであれ二つであれ、究極のところ、信頼できる教師、そして困ったときには助けを求めにいくことのできる教師となり得て、実際に苦難の生徒を救い出すことができる。以下に、権威の認められている教師が苦境に陥っている生徒を救い出した参考事例を挙げて、本稿の締めとしたい。事例1と事例2は、明星大学教授時代、某県・某中学校に週一日の訪問スクールカウンセラー(SC)として出向いていたときのもの、(事例中、SCは筆者を指す)、事例3は、遙かに遠い私の高校3年時における、昔懐かしい恩師の思い出の一齣である(上掲『教師の権威と指導力』より抽く)。

<事例1><事例2><事例3>

 くり返したい。「教師はすべからく〝権威〟を持つべし」。
 生徒に対する指導は、その内容が何であれ(学業であれ、生活指導であれ、スポーツなど課外活動であれ)、およそ教師が、生徒たちから指導を受けるに足る人物として認められることによって成り立つ。生徒と教師がこのような関係性によって結ばれるとき、教師は「権力にあらざる真の〝権威〟」を有し、掛け替えのない誇り高き教育専門職となっている。

* 世の中のためによかれと思いつつ書いています。共感くださったときには、拍手を下されば、有難く存じます。
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宗内 敦(カラーピラミッド)

Author:宗内 敦(カラーピラミッド)
教育・文芸同人誌『琅』発行人
「書肆彩光」代表者
日本教育心理学会会員
日本ペンクラブ会員
”下記の著、拍手・コメントを頂戴した方に贈呈いたしたく。ご希望あれば、ご連絡下さい。”
 ☆『二言、三言、世迷い言』(書肆彩光 1012)
 

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